FC2ブログ

大学改革の行方(2015/2/21の記事)

日本の大学は大きな転換の中にある。このことについては、これまでも本ブログでも繰り返してきた通りである。最近、回ってきたメールでは、国立大学の3分類案や人文科学・社会科学の圧縮(廃止という極論もあるか?)が現実味を帯びつつあり、そのスピードはきわめて早い(6月にも正式決定?)、こうした危機的な状況についての認識を広める必要がある、とのことであった。もちろん、これは大学で教育と研究を行う者にとって緊急の問題である。しかし、同じくらいのスピードで、ほかの諸問題(特に憲法や安全保障に関わる分野で)も動きつつあり、従来の体制ではとれも対応しきれない点に問題の深刻さがある。
 さらに問題は、こうした動向が危機的なものとしてはほとんどマスコミで取り上げられず、いわば多くの人々の分からないところで、重要な変化が進行しつつあることである。上のメールの趣旨もこのあたりにあるのであろう。この危機的な状況は、次の有名なニーメラーの言葉を思い起こさせる(マルティン・ニーメラー財団のHPより)。

„Als die Nazis die Kommunisten holten,
habe ich geschwiegen,
ich war ja kein Kommunist.

Als sie die Sozialdemokraten einsperrten,
habe ich geschwiegen,
ich war ja kein Sozialdemokrat.


Als sie die Gewerkschafter holten,
habe ich geschwiegen,
ich war ja kein Gewerkschafter.

Als sie mich holten,
gab es keinen mehr,
der protestieren konnte.“


 ニーメラーが告白する心の動きは、決して特異なものではなく、多くの人が共有するものであろう。今求められているのは、ここを乗り越えることではないか。これは、自分への問いかけである。
 ニーメラーの言葉はいくつものヴァージョンと訳文で流布しているが、大意は次の通り。

ナチスが共産主義者を連れて行ったとき
私は黙っていた
私は共産主義者ではなかったから

彼らが社会民主主義者を投獄したとき
私は黙っていた
私は社会民主主義者ではなかったから

彼らが労働組合員を連れて行ったとき
私は黙っていた
私は労働組合員ではなかったから

彼らが私を連れて行ったとき
もはや異議を申し立られる者はいなかった
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

LogosOffice2

Author:LogosOffice2
本ブログでは、2016年度から(18年度まで)開始の科学研究費による研究「拡張された自然神学の具体化としての「科学技術の神学」─東アジアの文脈で─」に関連した情報を掲載してきましたが、今回、その内容を現代キリスト教思想に関わるものに変更することになり、ブログ・タイトルを「現代キリスト教思想の諸問題」に変更することにしました。しばらくは、具体的な掲載内容をめぐり方向を探りたいと思いますが、徐々に本格化させてゆきます。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カテゴリ