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大学における派遣労働(2015/10/12の記事)

 現在、わたくしは京都大学の吉田事業場の過半数代表者をつとめており、その関係で、京都大学における労働現場の状況に日々触れる機会がある。前から聞いてはいたが、この仕事について驚いたのは、派遣労働が京都大学の事務の現場にきわめて広範に浸透しているという実態である。これは、私立大学を含めた他大学でも、また地方公共団体においても、事務技術職全般において進行中の事態である(むしろ、こうした公的部門においてこそが派遣労働が歓迎され促進されているといっても過言ではない。違法な仕方での派遣労働への公的な取り締まりが緩いと感じられるのは、このような点から理解すべきかもしれない)。

 その背後には、国立大学の場合、運営費交付金の毎年毎年継続中の削減によって、人件費の抑制削減が続き(これは職員から教員へと広がっている)、非常勤職員を含めた直接雇用が劣悪になっており、そのために直接雇用を選択せず、むしろ派遣に流れざるを得ないという労働者が置かれた現実がある(最低賃金すれすれで交通費も支給されない。きわめて条件の悪い中に、国立大学事務職・非常勤職員はある)。大学で働くことは、もはや魅力的な選択ではなくなっている。
 しかし、では、派遣はまだましなのか。派遣も実はきびしい現実にある。次の文献をご覧いただきたい。

中沢影吾
『中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇』
講談社現代新書、2015年。

 「労働基準法に刃向かう労働者派遣法」などの解説は明快、かつ具体的である(法体系内部の相互矛盾は、憲法と集団的自衛権・戦争法案との間に見られる通りである)。この法の歪みが、派遣労働の現場の力学として作用しており、それは大学でも実感として存在する。

 しかし、日本の大学に国際競争力、さらには国際ランキング100位以内を求めるとすれば、この事務体制の崩壊状態は憂慮すべき問題のはずである(憂慮していないとすれば、こうしたスローガンを掲げる者は、自らの主張内容について、実は何も考えていないか、あるいは本気で考えていないか、のいずれかである。おそらくそれが実態なのだろう)。事務体制が崩壊状態で、なぜ質の高い研究と教育が可能になるのだろうか。
 合理的に考えれば、そんなことはだれでもわかりそうなものであるが、どうもここが理解されていない。19世紀に労働環境が整えられ労働者を保護する法体系が整備されたのは、労働運動の進展とヒューマニズムに溢れる企業家の存在だけでは説明できない。それは、こうした労働者の保護が、健康な生活・家庭を可能にし、さらに企業への「愛」(?)を基盤にした生産性や創造性の向上をもたらすことによって、最終的には、企業の収益がプラスになるという現実があったからだろう。
 この19世紀と現代との相違は、労働市場の国際化により、企業が労働の保護などの費用をかけずに安価な労働力をもとめて海外へ展開できるという仕組みが進展しているということであり(国民国家と多国籍企業とは、あるいは政治と経済とは、もはや予定調和にはない)、ここに労働が直面する困難の大枠が存在する。

 労働者を十分組織できずに企業に対して有効な交渉力をもたない組合(国立大学の職員組合は典型)とますます悪化する労働現場という負のスパイラル、これをどこかで逆転する必要がある。まずは、現実を認識し分析することから始めねばならない。
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本ブログでは、2016年度から(18年度まで)開始の科学研究費による研究「拡張された自然神学の具体化としての「科学技術の神学」─東アジアの文脈で─」に関連した情報を掲載してきましたが、今回、その内容を現代キリスト教思想に関わるものに変更することになり、ブログ・タイトルを「現代キリスト教思想の諸問題」に変更することにしました。しばらくは、具体的な掲載内容をめぐり方向を探りたいと思いますが、徐々に本格化させてゆきます。

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