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AIについての取り組みについて

 本日の、朝日デジタルに、「シンギュラリティー「ノストラダムスと一緒」」という記事が掲載された。記者(聞き手)が、国立情報学研究所の新井紀子教授にインタビューするという形式のものであるが、きわめて正論と思われるが、みなさんはどんな観想だろうか。いくつかの発言部分を引用しておきたい。

<シンギュラリティー「ノストラダムスと一緒」新井教授>

<一部転載>
「・・・
「AIといってもしょせんはソフトウェアに過ぎません。しかも、コンピューターの原理を考案した英国の数学者、アラン・チューリングが20世紀初頭に論文で記した『計算可能な関数』の一部が実現できているだけ。『意味が何なのか』は数学では未解明な領域なので、まだチューリングの手のひらの上に私たちはいる。量子コンピューターができたとしても、総体としての人間をAIが超えることはないでしょう」
・・・
「シンギュラリティーを唱えている人たちは、『1999年に空から恐怖の大王がくる』と言っていたノストラダムスの大予言と一緒ですね。ノストラダムスは、ヒトラーの出現もケネディ米大統領の暗殺も公害も予言したことになっています。でも予言といっても、後から起きたことをあてはめてみれば何となく当たったことになる。そう唱える人たちは(シンギュラリティーが来るといわれる)2045年になるまで責任をとらなくていい。メディアも含め、なぜ踊らされているのだろう、と思います」
・・・」
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原発事故の原因は何だったのか

 東日本大震災に続く、福島第一原子力発電所の事故については、従来、想定外の(?)の津波による電源喪失が原因だった、とされてきた。しかし、以下に一部引用する「文春オンライン」によれば、元東電社員・炉心専門家が、実名で、原因は津波ではなく、「福島第一原発は津波の前に壊れていた」と告発した。
 これでは、まったく話が違ってくる。津波対策だけではまったく対策になっていないことになる。

「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発
事故検証結果は「津波が原因」。しかし、それは間違っていた……


「文藝春秋」編集部 3
source : 文藝春秋 2019年9月号
genre : ニュース, 社会, 企業

<以下一部転載>
・・・
要するに、「津波で電源を喪失し、冷却機能を失ってメルトダウンが起こり、重大事故が発生した」ということだ。

 この点に関して、津波の規模が「予見可能だったか、想定外だったか」という議論がなされてきた。しかし双方とも「津波が事故原因」という点では一致し、多くの国民もそう理解している。

 ところが、「津波が原因」ではなかったのだ。

 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。

・・・

木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、「文藝春秋」9月号に掲載されている。」

生活保護の現実(2015/3/8の記事)

現代の日本では、近代の人権概念が十分に定着する前に空洞化するという事態が進行している。人権概念が空洞化して、日本はなおも近代国家たりうるのか。今回、取り上げたいのは、生活保護とは、上(政府、金持ち)からの恩恵ではなく、人権の不可欠の一部であるという点である。生活保護という制度の問題点や運用上の問題は、それ自体問うべきではあるが、それは生活保護が人権として尊重されるべきであることを論駁するものではない。運用上の不適切事例をもってその存在意味自体が否定できると考える人は、学校でもう一度論理的思考方法を学び直すべきである(あるいはそれは詭弁である)。
 しかし、この詭弁がまかり通っているのが、現代日本の寒い現実である(だから、現代日本は欧米のスタンダードにおける近代国家であるかが怪しいということになるわけである)。

 こうした実情を知る上で、注目すべきは、「大阪」であり、次の文献はきわめて有用である。

大阪市生活保護行政問題全国調査団編
『大阪市の生活保護で、いま、なにが起きているのか 情報公開と集団交渉で行政を変える!』
かもがわ出版、2014年。

はじめに
調査団がやってきたこと

第1章 大阪市の生活保護でいま、なにが起きているのか
 1 はじめに
 2 大阪市生活保護行政の問題点
 3 まとめ
  調査団に参加して(1) 胸が熱くなった怒濤の調査活動 (雨宮処凛)

第2章 大阪市の生活保護行政の問題点
 part 1 入り口で締め出す~「申請時の助言ガイドライン」「連絡票」で「水際作戦」のシステム化~
  調査団に参加して(2) 突然の扶養照会に、戸惑いと怒り (城世津子)
 part 2 親族に圧力をかける~「仕送り額のめやす」と一律の扶養照会~
  調査団に参加して(3) 想像のはるか「斜め上」だった大阪市の現状 (みわよしこ)
 part 3 自己負担と強要する~介護扶助自己負担問題~
  調査団に参加して(4) 根拠もなく、弱い立場の人からお金をとる (浜まき代)
  調査団に参加して(5) 「他人事」の厚労省、国家で追及 (辰巳孝太郎)
 part 4 「不正受給」のレッテルを貼る~警察官OBの活用と不正受給キャンペーン~
  調査団に参加して(6) 北九州から参加して (高木健康)
 part 5 職員をふやさない、育てない~ケースワーカーの人員と専門性の不足~
  調査団に参加して(7) 本来の「ケースワーク」を放棄した大阪市 (生田武志)
 part 6 生活困窮者も職員も監視して締め上げる~職員基本条例と警察との連携強化~
  調査団に参加して(8) ずさんな大阪市の業務が浮き彫りに (井上賢二)

第3章 どう調査をすすめたか
 私たちは全国調査にどう取り組んだのか
 役所の内部で起きていることを知るために~情報公開・公文書開示請求をしてみよう~
 開示資料をどう分析したのか
  
  調査団に参加して(9) 労働組合が生活保護の問題になぜ取り組むのか (米村泰輔)

コラム 大阪市ケースワーカー覆面座談会
おわりに ~全国いたるところで生活保護調査団活動をやりましょう~

 大阪市は大変なことになっている。わたくしも、以前は大阪市に住み、大阪市立大学で教員をしていたが、こんな状況ではなかったはず。 

劣化する日本を認識するところから(2015/4/14の記事)

 日本における宗教の未来は、日本社会の未来を切り離しては論じられない。では、日本はどこに向かって進もうというのだろうか。
 人口動態は、マクロは社会変動の基礎的な要因であり、少子高齢化から環境まで、あらゆる問題の基盤をなしている。この点から、日本社会の50年後を見ると劇的な変貌が見えてくる。これまでの、そして今の政策がどれほど見当違いを犯しているかについては(少子化対策は、子供の数の半減が予測される中で、何の意味があるのか。25~39歳の女性人口がこの25年で37.1%減少するのは、すでに確定的である)、まったく暗い気分になるばかりである。まさに発想の根本的な転換が求められている。
具体的には、次の文献を参照。

松谷明彦
『東京劣化──地方以上に劇的な首都の人口問題』
PHP新書、2015年3月30日。

はじめに
序章
 国のタブーその1──少子化対策
流れは変えられない/財政が破綻する
 国のタブーその2──経済成長の追求
国民が不幸になる/誰のための政策か
国のタブーその3──増税による財政再建
社会が崩壊する/正しい財政改革とは
 地方のタブーその1──若者の流出抑制
地方は「消滅」しない/人口循環を考えよ
地方のタブーその2──大都市経済への接近
産業再配置は格差を拡大する/近代ものづくり産業を地方へ
地方のタブーその3──市町村合併
集落と農業が破壊される/どうすれば集落と農業を維持できるのか
首都東京劣化
首都東京のスラム化/文化や情報の発信力が弱まる/生活環境の悪化/「中流都市」への劣化

第一章 東京 これからの現実
第二章 東京劣化現象への誤解  
第三章 これからの東京の経済
第四章 なぜ政府は間違えるのか──人口政策の歴史が教えてくれること
第五章 東京劣化への対処 今できること

おわりに

日本の経済政策をどう考えるか(2016/3/5の記事)

 日本の経済政策のあり方は、日本で生活するわたしたちにとっては、重大な関心事である。そして、まさにここに大きな論争があることは言うまでもない。その論争は、来る参議院選挙(衆参同時?)に向けて実質的な深まりのあるものが期待される。こうした展開も念頭に、面白く読んだ本を紹介したい。この本の立場をどう解するか、投票の向けてよく考えるべきであろう。

松尾匡
『この経済政策が民主主義を救う──安倍政権に勝てる対案』
大月書店、2016年。

はじめに

第1章 安倍政権の景気作戦──官邸の思惑は当たるか?
第2章 人々が政治に求めているもの
第3章 どんな経済政策を掲げるべきか
   1 緩和マネーを福祉・医療に使って雇用拡大!
   2 悪性のインフレにはならない
   3 長期金利高騰も国債暴落も起こらない
   4 「歯止め」としてのインフレ目標
   5 なぜプラスのインフレ目標を掲げるか
第4章 躍進する欧米左派の経済政策
第5章 復活ケインズ理論と新しい古典派との闘い
第6章 今野景気政策はどこで行きづまるか
   1 欧米左派の大物論客は何に賛成し何に反対しているか
   2 安倍政権の経済政策の3つの矛盾
   3 その他の批判すべき点
   4 残されたチャンスはいつまでか

むすびにかえて

 ともかくも、まともな論争が必要である。それは本来は国会の役割、そしてマスコミの役割のはずであるが、日本の現状はそれがまともに機能しているとは思えない(理由がどこにあるかはお考えいただきたい)。
 また、本書でも指摘されているように、この欧米の左派は、日本でイメージされている旧来的な「左派」と比べて、理論においても実践においても、大きく進んでいる(アメリカ大統領選挙の迷走ぶりをみよ)。

マイナンバー、大学でも始まる(2016/4/5の記事)

 マイナンバー制度に対する対応は、大学でも着実に進展しつつあります。わたくしも、非常勤で勤務している諸大学でマイナンバーの提出を求められ、すでに提出していますし、本務校での提出も遠からず必要になるものと思います。
 この制度に関しては、経済効果のあるなしを含めて、すでに賛否が存在しますが、まだ、一般に目にできる範囲では、本格的な議論の深まりには至っていない(あるいは至らないようにしている)のが現状ではないかと思います。しかし、この問題は、一方で制度の進展が事実として進行しつつあっても、よく考えるべき問題点を含んでいることも、確かです。
 次の文献は、一つの手掛かりとなるでしょう。

斎藤貴男
『「マイナンバー」が日本を壊す』
集英社インターナショナル。

子どもの貧困(2017/5/28の記事)

 親の世代よりも経済的な豊かさを実現できるかという点で、夢が持ちにくい現代。子どもの貧困が、世界的な規模で深刻化しつつある。これは個人の自助努力の問題ではなく、制度的システム的な欠陥である。

 まずは、アメリカから。次の文献を紹介。
ロバート・D・パットナム 
『われらの子ども──米国における機会格差の拡大』
創元社、2017年。

第一章 アメリカンドリーム──その神話と現実
第二章 家族
第三章 育児
第四章 学校教育
第五章 コミュニティ
第六章 何をすべきか
   1 機会不平等と経済成長
   2 機会不平等と民主主義
   3 機会不平等と道徳的義務
   4 何をすべきか?
   5 機会格差を減らすことはできる
『われらの子ども』のストーリー(ジェニファー・M・シルヴィア、ロバート・D・パットナム)

謝辞
訳者解説
原注
索引

「わが国の歴史の中で、社会経済的格差の拡大によってわれらの経済、われらの民主主義、そしてわれらの価値観が脅かされたのは初めてではない。こういった難題を成功裏に克服して機会の復活を目指すべく現在まで追求されてきた各個別の対応は、具体的にはさまざまに異なっているが、それら全ての根底にあるのは他人の子どもに対する投資への責任感だった。そして、そのような責任感の根底にあるのは、これらの子どももまたわれらの子どもなのだ、という根深い感覚だった。」(290-291)

 この根深い感覚は、民主主義の精神である「集いの意識」に通底するものに思われる。目指されるべき共同体意識とは、こうしたもののはずである。
 この本は、『長周新聞』の紹介記事から知ったものであるが、その後、『長周新聞』(第8044号、2017.5.19)の第二面の次の記事を見付け、このブログで紹介しようと考えた。

「「こどもの日」次世代の育成は?」
「加速する子どもの貧困」「親の非正規化激増と直結」
「沖縄の現実は日本の縮図」「国際的比較でも最悪の水準」「パート掛持ち保育10時間超」

「「一人親世帯の貧困率の国際比較」」「日本は五八・七%でOECD加盟三〇カ国(当時)中の最悪国」
「「沖縄振興費」が米軍基地対策や産業基盤整備に使われ、沖縄県民の生活向上・社会福祉をないがしろにしてきた証しである。」

国際比較での日本の位置は、さまざまな指標で、かなり以前から先進国とは言えない水準にある。

共謀罪の何が問題か(2017/6/1の記事)

「共謀罪の何が問題か」は、現在の日本において、議論しなければならない喫緊の問題である。そのために参照すべき、明快かつ簡潔なブックレットが出版された。
 著者は、京都大学法学研究科教授の高山佳奈子さんで、ブックレットは、ずばり、『共謀罪の何が問題か』である。

高山佳奈子
『共謀罪の何が問題か』
岩波ブックレット、2017年。

 「危険性・問題点が一冊でわかる」と帯にあるように、共謀罪の「全部ウソです」が納得できる内容です。
 『長周新聞』(第8049号、2017.5.31)の第四面の「本棚」での紹介記事では、次のような見出しがつけられている。

「国民欺き強行する本質を告発」「刑法学者が緊急出版 「テロ対策」「五輪の為」のウソ」
「大企業や政治家の罪は除外」「テロ対策の条文は一切なし」「五輪を人質に強行するウソ」「ターゲットは国民監視拡大」

ヨーロッパの行方(2017/6/10の記事)

 ヨーロッパは、キリスト教的伝統の中心に位置し、キリスト教研究においては、中心的な役割を担ってきた。したがって、その行方は、キリスト教研究の立場からも大いに関心のある問題である(もちろん、それだけではないが)。しかし、現在のヨーロッパを理解することは決して単純ではない。昨日結果が出た、イギリスの選挙結果をどう読むか、専門家は頭が痛いところであろう。そして、何よりも、ギリシャ問題である。ギリシャの怠惰・怠慢がギリシャ危機の原因であるなど漠然と思っている人は、その背後にある動向に目を向ける必要がある。
 ここでぜひご覧いただきたいのが、次の文献である。

尾上修悟
『ギリシャ危機と揺らぐ欧州民主主義──緊縮政策がもたらすEUの亀裂』
明石書店、2017年。

序章 ギリシャ危機で問われているもの

第一部 緊縮政策が経済・政治に与えた影響
 第一章 ギリシャの経済システムの破綻
 第二章 ギリシャの社会的保護体制の崩壊
 第三章 ギリシャの政治的混乱の進行

第二部 新たな金融支援と超緊縮政策
 第四章 ギリシャの債務危機とツィプラス政権の成立
 第五章 ギリシャと債権国の金融支援交渉
 第六章 ギリシャにおけるレファレンダムと第三次金融支援

終章 欧州建設の課題と展望

あとがき
参考文献
索引

 債権者(EU、欧州中央銀行、IMF)が善で、債務者(ギリシャ)が悪、といった図式は正しいのか。EUが求める超緊縮政策は、「ポスト民主主義の中で権威主義的かる全体主義的な反民主主義の姿勢」ではないか、これが問題の核心である。

大学での英語教育(2015/2/6の記事)

 大学での英語教育あるいは教育の英語化は、現在、さまざまな議論を引き起こしながら、大きく展開しつつある。大学教育の問題の一つの典型・象徴的事例がここにある。
  『長周新聞』(第7691号、2015.2.2)の第四面の書評で、山田昇司『英語教育が甦えるとき──寺島メソッド・授業革命』(明石書店)が、取り上げられていたので、書評から少し抜粋しておきたい。

「今、政府・メディアを通じて、英語がすべての日本人に必要であるかのような「幻想」がふりまかれている。本書は、日常生活において「日本人みんなが英語を使う必要はない」というあたりまえの事実を押し出している。・・・英語をしゃべる必要がないことは、欧米諸国に侵略された歴史を持ち英語を話さねばならない国の人々と比べてありがたいことなのだ。」
「外国語の理解度はその人の翻訳力にかかっている。なによりも、日本語の力をしっかり深く身につけなければ、英語の力がつく保証はないのだ。」
「戦後、占領期のアメリカの機密報告で、日本人の英語学習を受け入れる性向を利用して、「健全なアメリカの理念」(アメリカ的な価値観)を日本社会に浸透させることを明記していたことにもふれている。」
「英語の授業だけは英語で教えろ」について、「「英語を国家の言語とする強者の国」が押しつけた教育方法」

 高等教育が母国語で受けられることが大きな恩恵であり、日本人が外国語を習得する際に日本語の習熟がその基盤になることなど、同感できる議論が少なくない。しかし、共通の学的言語の存在が学問の相互交流にとって重要であること、それが英語において一定確保されていることも忘れることはできない(こうした状況も、近未来において技術的に解決されるかもしれない。スマホなどを介した同時通訳システムの確立・普及は決して夢ではないし、しかも無料である)。
 とこかくも、教育をめぐる議論の政治性に注目しなければならないことは確かである。

大学改革の行方(2015/2/21の記事)

日本の大学は大きな転換の中にある。このことについては、これまでも本ブログでも繰り返してきた通りである。最近、回ってきたメールでは、国立大学の3分類案や人文科学・社会科学の圧縮(廃止という極論もあるか?)が現実味を帯びつつあり、そのスピードはきわめて早い(6月にも正式決定?)、こうした危機的な状況についての認識を広める必要がある、とのことであった。もちろん、これは大学で教育と研究を行う者にとって緊急の問題である。しかし、同じくらいのスピードで、ほかの諸問題(特に憲法や安全保障に関わる分野で)も動きつつあり、従来の体制ではとれも対応しきれない点に問題の深刻さがある。
 さらに問題は、こうした動向が危機的なものとしてはほとんどマスコミで取り上げられず、いわば多くの人々の分からないところで、重要な変化が進行しつつあることである。上のメールの趣旨もこのあたりにあるのであろう。この危機的な状況は、次の有名なニーメラーの言葉を思い起こさせる(マルティン・ニーメラー財団のHPより)。

„Als die Nazis die Kommunisten holten,
habe ich geschwiegen,
ich war ja kein Kommunist.

Als sie die Sozialdemokraten einsperrten,
habe ich geschwiegen,
ich war ja kein Sozialdemokrat.


Als sie die Gewerkschafter holten,
habe ich geschwiegen,
ich war ja kein Gewerkschafter.

Als sie mich holten,
gab es keinen mehr,
der protestieren konnte.“


 ニーメラーが告白する心の動きは、決して特異なものではなく、多くの人が共有するものであろう。今求められているのは、ここを乗り越えることではないか。これは、自分への問いかけである。
 ニーメラーの言葉はいくつものヴァージョンと訳文で流布しているが、大意は次の通り。

ナチスが共産主義者を連れて行ったとき
私は黙っていた
私は共産主義者ではなかったから

彼らが社会民主主義者を投獄したとき
私は黙っていた
私は社会民主主義者ではなかったから

彼らが労働組合員を連れて行ったとき
私は黙っていた
私は労働組合員ではなかったから

彼らが私を連れて行ったとき
もはや異議を申し立られる者はいなかった

大学における派遣労働(2015/10/12の記事)

 現在、わたくしは京都大学の吉田事業場の過半数代表者をつとめており、その関係で、京都大学における労働現場の状況に日々触れる機会がある。前から聞いてはいたが、この仕事について驚いたのは、派遣労働が京都大学の事務の現場にきわめて広範に浸透しているという実態である。これは、私立大学を含めた他大学でも、また地方公共団体においても、事務技術職全般において進行中の事態である(むしろ、こうした公的部門においてこそが派遣労働が歓迎され促進されているといっても過言ではない。違法な仕方での派遣労働への公的な取り締まりが緩いと感じられるのは、このような点から理解すべきかもしれない)。

 その背後には、国立大学の場合、運営費交付金の毎年毎年継続中の削減によって、人件費の抑制削減が続き(これは職員から教員へと広がっている)、非常勤職員を含めた直接雇用が劣悪になっており、そのために直接雇用を選択せず、むしろ派遣に流れざるを得ないという労働者が置かれた現実がある(最低賃金すれすれで交通費も支給されない。きわめて条件の悪い中に、国立大学事務職・非常勤職員はある)。大学で働くことは、もはや魅力的な選択ではなくなっている。
 しかし、では、派遣はまだましなのか。派遣も実はきびしい現実にある。次の文献をご覧いただきたい。

中沢影吾
『中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇』
講談社現代新書、2015年。

 「労働基準法に刃向かう労働者派遣法」などの解説は明快、かつ具体的である(法体系内部の相互矛盾は、憲法と集団的自衛権・戦争法案との間に見られる通りである)。この法の歪みが、派遣労働の現場の力学として作用しており、それは大学でも実感として存在する。

 しかし、日本の大学に国際競争力、さらには国際ランキング100位以内を求めるとすれば、この事務体制の崩壊状態は憂慮すべき問題のはずである(憂慮していないとすれば、こうしたスローガンを掲げる者は、自らの主張内容について、実は何も考えていないか、あるいは本気で考えていないか、のいずれかである。おそらくそれが実態なのだろう)。事務体制が崩壊状態で、なぜ質の高い研究と教育が可能になるのだろうか。
 合理的に考えれば、そんなことはだれでもわかりそうなものであるが、どうもここが理解されていない。19世紀に労働環境が整えられ労働者を保護する法体系が整備されたのは、労働運動の進展とヒューマニズムに溢れる企業家の存在だけでは説明できない。それは、こうした労働者の保護が、健康な生活・家庭を可能にし、さらに企業への「愛」(?)を基盤にした生産性や創造性の向上をもたらすことによって、最終的には、企業の収益がプラスになるという現実があったからだろう。
 この19世紀と現代との相違は、労働市場の国際化により、企業が労働の保護などの費用をかけずに安価な労働力をもとめて海外へ展開できるという仕組みが進展しているということであり(国民国家と多国籍企業とは、あるいは政治と経済とは、もはや予定調和にはない)、ここに労働が直面する困難の大枠が存在する。

 労働者を十分組織できずに企業に対して有効な交渉力をもたない組合(国立大学の職員組合は典型)とますます悪化する労働現場という負のスパイラル、これをどこかで逆転する必要がある。まずは、現実を認識し分析することから始めねばならない。

英語教育の意義?!(2015/12/28の記事)

現在、日本の多くの大学は英語教育に力を入れた教育改革の最中である。わたくしの勤務する京都大学(一般教育の半分をネイティブの英語教師による英語授業にする)は、その先頭を走っているといえるかもしれない。
 こうした動向の意義を論じるには、明治維新以降の150年間の英語教育の歴史(日本の帝国大学・旧制高校の授業における英語教育の水準は、おそらく現代のレベルよりも遙かに高かった。わたくしの研究分野について言えば、植村正久や内村鑑三の英語力は、日本の英語教育が生み出し得たものである)を前提に、日本と同様に英語教育を議論している世界各地の事例との比較を行い、さらに今後10年間程度の継続的な追跡調査を実施する必要がある。
 しかし、すでにこうした客観的なデータに基づいた、現在の日本における英語教育の動向に対する批判的な分析が存在している。英語教育万歳の論調のみが目立つ中で、冷静な議論のためにも、参照すべきではないだろうか。

寺島隆吉
『英語教育が亡びるとき 「英語で授業」のイデオロギー』
明石書店、2009年。

はじめに
第1章 英語にとって政治とは何か
  1 国際理解と英語教育
  2 メディア・コントロールと英語教育

第2章 「英語で授業」は教育に何をもたらすか
  1 「もうやめにしませんか」──朝日新聞「耕論」を考える
  2 英語教師の教育環境・労働条件・教員養成
  補節 「英語で授業する」を再考する──松本茂氏の意見に即して

第3章 新指導要領で言語力は育つか
  1 新指導要領に欠けている「誠実さ」と「人間への優しさ」
  2 「母語を耕し、自分を耕し、自国を耕す」外国語教育を 
  補節 偏向教育としての外国語教育

あとがき
参考文献(「記号研」関係一覧)

 注と参考文献が充実した論述であり、よく見られる狭い体験の一般化や単なる印象に基づく立論とは、レベルの違いが感じられる。反論は、これと同じレベルで行っていただきたい。

話題作から、問われる大学の存在意味(2016/3/29の記事)

 2015年度もあと数日になったが、今年度の大学をめぐる最大の話題の一つは、文科省による「文系学部廃止論」として報じられた問題であろう。わたくしは、文学研究科/文学部に所属しているが、まさに自分の存在意味が問われたということでもある。昨日(3月28日)に同志社女子大学を会場に行われた、日本基督教学会・近畿支部会では、午後に公開シンポジウムが行われたが、テーマは、現在進行中のキリスト教教育の危機であった。これと文系学部廃止論とは、根底で繋がった一つの問題にほかならない。危機は、多面的でありかつ包括的であり、これの外に立つ高等教育部門はほとんど存在しないであろう。明治以降の日本の基盤が教育・人間形成であったことを顧みるならば、これは、文字通り日本の危機と言うべきものである。

 こうした状況ににおいて、話題作として注目されているのが、次の著書である。問題を理解し、本格的な取り組みを行うために、一読しておきたい。

吉見俊哉
『「文系学部廃止論」の衝撃』
集英社新書、2016年。

第一章 「文系学部廃止」という衝撃
   1 瞬く間に広がった「文系学部廃止論」報道
   2 「通知」批判の背景にある暗黙の前提
   3 分離不均衡はいつから構造化?
   4 法人化後、ますます拡大する文理の格差
   5 「ミッションの再定義」のなかで文系の未来は?
第二章 文系は、役に立つ
   1 「役に立つ」とはいかなることか?
   2 「役に立つ」の二つの次元
   3 「人文社会系」と「教養」「リベラルアーツ」の違い
   4 大学基礎教育の二〇世紀的変容
   5 人文社会系は、なぜ役立つのか
第三章 二一世紀の宮本武蔵
   1 大爆発する大学をとりまく危機
   2 大綱化・重点化・法人化──新自由主義のなかの大学改革
   3 誰が大学の危機を打開できるのか
   4 改革は、どこに向かうのか?
   5 大学は、甲殻類から脊椎動物に進化する
   6 二一世紀の宮本武蔵
   7 宮本武蔵を育成する現場──授業改革
第四章 人生で三回、大学に入る
   1 大学は、人生の通過儀礼か?
   2 人生のなかで、大学を位置づける
   3 人生の転轍機としての大学
   4 入学者の多様化と学生を主体化する学び
   5 人文社会系は新しい人生に役に立つ
終章 普遍性・有用性・遊戯性

あとがき

参考文献

「若者・学生生活アンケート」から(2016/6/10の記事)

 現代の大学で大変なのは、教員と職員だけではない。そもそも、学生が大変な状況にある。マスコミは、就職内定率のみを報道し、学生の大変な状況を報道するのを怠っている(怠っているのは、このことだけではないが)。
 先日、組合との関係で、日本共産党 京都府議会議員団「若者・学生生活アンケート 550人のリアルレポート」という冊子を見る機会があった。
http://www.jcp-kyotofukai.gr.jp/act/2016/04/22-181137.php から PDFファイルをダウンロードできるようである。

3ページ目に「若者生活アンケート」のアンケート用紙が記載され、そのあとは、次のような目次となっている。

1.府会議員団のとりくみ
 アンケート結果から見える学費・奨学金、ブラックバイトのリアル
 大学門前調査で寄せられた声
 青年と共に政治を動かす

2.京都府議会でとりあげた質問は
 代表質問
 予算特別委員会当初予算審査小委員会 総括質疑

3.資料: 学生・若者生活アンケート調査
 LDA-KYOTO実行委員会最終まとめ

 3の「資料」では、およそ半分の学生が奨学金を利用、その大半が有利子返済奨学金で、返済に不安を感じている。バイトの目的は、学費・生活費のためが57%。一人暮らしでも仕送りなしが28%。こうした状況で、ブラックバイト経験が62%。

 この現実をなんとかせずに、国際的に高い水準の大学とか、国際的に活躍できる人材養成などというスローガンを聞いても、空虚に聞こえてくる。
 ともかくも、こうした現実の中で、参議院選挙が迫ってきている。

リヒャルト・フォン・ワイツゼッカーの逝去(2015/2/1の記事)

ドイツ大統領であった、リヒャルト・フォン・ワイツゼッカーの訃報が飛び込んできました。
 朝日新聞デジタルでは、以下の通り、冒頭部分の引用。

「ドイツ大統領府によると、統一ドイツの初代大統領で、ナチス・ドイツの過去と正面から向き合うことを説いた同国のリヒャルト・フォン・ワイツゼッカー氏が31日、死去した。94歳だった。
・・・」
 第二次世界大戦の敗戦国で、その経済復興をとげた日本とドイツ。しかし、戦争責任への対応については著しい差が存在する。太平洋戦争に関わる事柄が問われている日本でこそ、ワイツゼッカーの言葉は真剣に受け取られる必要がある。

『荒れ野の40年──ヴァイツゼッカー大統領演説 全文』岩波ブックレットNO.55。
『想起と和解──共に生きるために』教文館。

『長周新聞』から(2018/1/17の記事)

 最近の 『長周新聞』 の第4面を紹介します。第4面は、書評・本棚などが掲載される面ですが、今週の号には、興味深い書籍などが書評・紹介されています。

1.2018/1/12:第8143号
・池内了 『科学者と軍事研究』 岩波新書。
「軍事共同反対運動の到達と現状を報告」
「軍事研究許さね科学者の使命」「研究費で縛る大学改革にメスを」

 防衛装備庁への応募数激減に対して、市民世論が高揚したことが影響したこと。
「研究者版経済徴兵制」(「大学等の研究者の形状研究費はほぼ枯渇し、今や競争的資金を獲得しなければ科学研究をすることが困難」。「たとえ軍からの資金であろうと、成果が公表できなくなっても、せめて研究が継続できる状態を維持したいと望む研究者が出てくるのは当然」)が進行中であること。

 この書評に続いて、「防衛装備庁、4大学採択を公表」「企業応募に科学者組込む」「軍産学複合形成に注意 返上求める声明も」という記事が掲載され、4大学として、岡山大、東海大、東京工科大、東京農工大が、挙げられている。

・藤原辰史 『戦争と農業』 集英社インターナショナル新書。
「食べ物が大量廃棄される時代」「農業生産力発展の一方 数社が握る世界の食を考える」

2.2018/1/15:第8144号
・ロブ・ダン 『世界からバナナあなくなるまえに』 青土社。
「単一品種化で絶滅に瀕する作物」「農業グローバル化の結末 病気が襲うと立ち直れず」
「稲作絶滅したインドネシア」

 農業の危機とはまさにこのこと。グローバル化の実態。環境問題とはここにある。天災と人災は不可分にやってくる。

・「早稲田大学の113億円の非公開株運用」「苦境に立つ私学が金融資本の餌食に」「リスク性の高い商品運用に方針転換」

 これは、書評ではありませんが。ここに日本の大学の現状があることは記憶すべき事柄。何が問題かは、先の軍事研究とも通底する。今回、『長周新聞』を紹介したいと考えたのは、この早稲田の記事との関係である。

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本ブログでは、2016年度から(18年度まで)開始の科学研究費による研究「拡張された自然神学の具体化としての「科学技術の神学」─東アジアの文脈で─」に関連した情報を掲載してきましたが、今回、その内容を現代キリスト教思想に関わるものに変更することになり、ブログ・タイトルを「現代キリスト教思想の諸問題」に変更することにしました。しばらくは、具体的な掲載内容をめぐり方向を探りたいと思いますが、徐々に本格化させてゆきます。

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