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原発事故の原因は何だったのか

 東日本大震災に続く、福島第一原子力発電所の事故については、従来、想定外の(?)の津波による電源喪失が原因だった、とされてきた。しかし、以下に一部引用する「文春オンライン」によれば、元東電社員・炉心専門家が、実名で、原因は津波ではなく、「福島第一原発は津波の前に壊れていた」と告発した。
 これでは、まったく話が違ってくる。津波対策だけではまったく対策になっていないことになる。

「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発
事故検証結果は「津波が原因」。しかし、それは間違っていた……


「文藝春秋」編集部 3
source : 文藝春秋 2019年9月号
genre : ニュース, 社会, 企業

<以下一部転載>
・・・
要するに、「津波で電源を喪失し、冷却機能を失ってメルトダウンが起こり、重大事故が発生した」ということだ。

 この点に関して、津波の規模が「予見可能だったか、想定外だったか」という議論がなされてきた。しかし双方とも「津波が事故原因」という点では一致し、多くの国民もそう理解している。

 ところが、「津波が原因」ではなかったのだ。

 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。

・・・

木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、「文藝春秋」9月号に掲載されている。」

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高木仁三郎4

 本ブログは、学振の科学研究費による研究の紹介という趣旨で運営されてきました。3年にわたった研究も(次の機会があればと思いますが)、本日で最終日を迎えますので、今回の記事が、この研究期間最後の掲載となります。
 最後は、高木仁三郎の文献で、締めくくります。
 高木の文章は、七つの森書館の『高木仁三郎著作集』(全12巻)にもっともまとまった形で収められていると思いますが、わたくしの手元にあるのは、次の一冊です。

『高木仁三郎著作集 市民科学者として生きるⅡ』
七つの森書館、2003年。

いま自然をどう見るか (1985)
 序章
 第一部 人は自然をどうみてきたか
    第一章 ゼウスとプロメテウス
    第二章 ロゴスとなった自然
    第三章 機械としての自然
    第四章 宇宙は解けたか

 第二部 いま自然をどうみるか
    第五章 エコロギー的地球像
    第六章 民衆の自然
    第七章 自然と労働

    終 章  自然に生きる
    補 章  そして、いま自然をどうみるか

引用文献・参考文献
あとがき
増補新版へのあとがき

森と里との思想 大地に根ざした文化へ (1986)

科学とのつき合い方 (1986)

科学の「世紀末」 (1987)

あきらめから希望へ 生きる場からの運動 (1987)

◆共著書の論文
   自然館の解放と解放の自然観 (1985)

◆未刊行資料
   科学時事

解説と解題
 〝希望〟を祈りとして (松崎早苗)
 解題 (西尾漠)
 

高木仁三郎3

 手元にある高木仁三郎の文献紹介を続けます。いずれも高木の死後に編集出版されたもので、高木の思想的な広がりを捉えるのに便利です。

1.高木仁三郎
 『人間の顔をした科学』
 七つの森書館、2001年。

編集上の注

Ⅰ 人間を顔をした科学
 第1章 東海村臨界事故から思索する
 第2章 市民科学者・宮澤賢治
 第3章 あきらめから希望へ

Ⅱ 高木学校とその志
 はじめに
 第1章 宮澤賢治の志に学ぶ
 第2章 プラトンの学園アカデメイア
 第3章 自分の営みへの反省と高木学校
 第4章 闘病の中で考えたこと
 第5章 高木学校のこれから、あるいは高木学校への誘い

Ⅲ プルトニウムと市民
 13の文章が収録

Ⅳ 原子力神話とJCO臨界事故
 第1章 原子力発電の困難──その基本
 第2章 原子力神話──その形成と崩壊
 第3章 いま直面する原子力問題
 第4章 JCO臨界事故

2.佐高信・中里英章編
 『高木仁三郎セレクション』
 岩波現代文庫、2012年。

はじめに (中里英章)

序 私の生きてきた道
  1 敗戦で知った思想のもろさ
  2 私の生きてきた道、いま伝えたいこと
  3 死をみつめながら──わが闘病記

Ⅰ 原発事故と安全神話
  1 チェルノブイリ原発事故の波紋
  2 チェルノブイリ事故、汚染値なお新記録も
  3 核エネルギーの解放と制御
  4 核施設と非常事態──地震対策の検証を中心に
  5 安全神話の崩壊と「もんじゅ」事故
  6 東海村臨界事故とはどのような事故か
  7 これでは事故はまた起きる──JCO事故最終報告書批判
 
Ⅱ プルトニウムと市民のはざまで
  1 焦点化してきたプルトニウム問題
  2 一九九七年ライト・ライブエイフッド賞受賞スピーチ
    ──一九九七年一二月八日、ストックホルム、スウェーデン議会にて
  3 プルトニウム軽水炉利用の中止を提言する
    ──プルサーマルに関する評価報告

Ⅲ 市民科学者として
  1 科学とのつき合い方
  2 はびこる〈原子力文化〉
  3 巨大事故と文明の選択
  4 市民の不安を共有する
  5 賢治と科学
  
Ⅳ 科学と自然を考える
  1 現代科学の超克をめざして──新しく科学を学ぶ諸君へ
  2 エコロジーの考え方
  3 エネルギーとエコロジー
  4 核の社会学

解説 (佐高信)
高木仁三郎 主要著作一覧
高木仁三郎 略年譜 

 福島原発事故前に、ここまで議論はなされていたのだ。

高木仁三郎2

高木仁三郎の文献を続けて紹介します。前回と同じく、岩波新書です。

高木仁三郎
『原発事故はなぜくりかえすのか』
岩波新書、2000年。

はじめに
  臨界事故/青い閃光/八月六日/峠三吉の詩/饒舌な報告書

1 議論なし、批判なし、思想なし
   安全神話の崩壊/・・・
2 押しつけられた運命共同体
   国家まかせ/・・・
3 放射能を知らない原子力屋さん
   バケツにウランの衝撃/・・・
4 個人の中に見る「公」のなさ
   パブリックな「私」/・・・
5 自己検証なさ
   自己検証のない原子力産業/・・・
6 隠蔽から改ざんへ
   隠蔽の時代/・・・
7 技術者像の変貌
   物の確かな感触/・・・
8 技術の向かうべきところ
   トーンを変えた政府/・・・

あとがきにかえて
  友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ/高木さんを送る

高木仁三郎・年譜

 これはまさに「高木仁三郎の最後のメッセージ」というべきものです。冒頭に述べられた「臨界事故」とは、1999年9月30日の東海村のJCO社のウラン加工施設での臨界事故ですが、その10年あまりのちの福島原発事故、そしてその後の原子力政策をみるとき、高木さんの最後のメッセージは、「原子力屋さん」をはじめとした「ムラ」のは届いていなかったと思わされます。

高木仁三郎1

 現代日本において、原発問題を論じる上で参照すべきものとして高木仁三郎の一連の研究を挙げることができる。宗教思想との関わりという点で、興味深い。本ブログでは、わたくしの手元になる文献を紹介したい。
 まずは、高木の自伝的な文献と言える次の著作を紹介。

高木仁三郎
『市民科学者として生きる』
岩波新書、1999年。

序章 激変の中で
第1章 敗戦と空っ風
第2章 科学を志す
第3章 原子炉の傍らで
第4章 海に、そして山に
第5章 三里塚と宮澤賢治
第6章 原子力資料情報室
第7章 専門家と市民のはざまで
第8章 わが人生にとっての反原発
終章 希望をつなぐ

あとがき

 「専門家と市民とのはざま」、「希望をつなぐ」という言葉は、宗教思想にとっても、きわめて示唆的であり、高木において宗教がいかなるものであるかについては、宮澤賢治との出会いが鍵となる。しかし、高木は聖書を科学技術・原発という視点から論じており、その宗教性は決して狭い範囲に限定されたものではない。
プロフィール

LogosOffice2

Author:LogosOffice2
本ブログでは、2016年度から(18年度まで)開始の科学研究費による研究「拡張された自然神学の具体化としての「科学技術の神学」─東アジアの文脈で─」に関連した情報を掲載してきましたが、今回、その内容を現代キリスト教思想に関わるものに変更することになり、ブログ・タイトルを「現代キリスト教思想の諸問題」に変更することにしました。しばらくは、具体的な掲載内容をめぐり方向を探りたいと思いますが、徐々に本格化させてゆきます。

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